今思う人生とは 2026年4月17日
自分が思う人生とは というものでなぐり書きをしてみた。
自分は他の人と違い声が高いという特徴があった
だがこの特徴を先生とか親は声を低くできないか悩んで対応しようとした。
それは「普通」の人になるように
だが自分はそれが嫌な感じがあった。
もちろん「普通」の人になれば他の人とは違い尖っているような感じではないから誰かにいじられたりそれを元にいじめられたりみたいなことはなにもないし関心がなくなる。
それは良いことなのかもしれないが逆に言ったら特徴がないことになる。
自分としてはその特徴がなくなることに嫌な感じがあった。
今思うこととしてもしこのまま声が普通の人間としていたらどうなっていたのかなと思うときもある。
そして声が高いという自分に嫌なときもあるし特に人の前に立つときにそれを思う。
だが落ち着いたときに考えると居間のほうがいいなと思う。
なぜか
それは自分にとって「普通」の人生が嫌なのではないかと思っている。
今の自分はStreamerHubというサービスを開発している。
世の中から見たらそのような開発をしている人はほぼいないだろう。
なので「少数」ということになる。
自分がなぜその少数である普通ではないことがいいのかはわからないがそのような生き方のほうが自分にあっていると思っている。
そのように思っている自分だが特に中学生や高校生ではそのような普通になりたい方が多かったと思う。
普通のようになりたかったよりかは「人の目」を気にすることが多かったと感じている。
なにか自分が行動したときに誰かの目が気になって行動することが少なかったと思っている。特に発表などの人の目に触れることがとても苦手で嫌いだったから。
大学生になってバイトもするようになり人と接したり話たりすることに慣れてきて好きになってきた感じがあった。
確かに自分としては小学生や幼稚園のときなどは同性にも異性にもよく話すことが多かった。だから根としては人と話すことが好きだったと思っている。
そのような人と話すことができたことにより人前にでることに恥ずかしさがなくなりどちらかと言うと人の前に出たいと思うようになってきた感じがする。
今はSTEPのような活動が合ったり学校の発表で沢山の人の前で発表することがあるがその時には「人に何も思われないようにしよう」と自分として思っていたところが「どのようにしたら人の目に触れたり心に乗ってくれたりするのかな」というのを考えるようにいなった。発表だけではなく日常生活での関わりなどでもそれを考えることが増えた。
それはある意味「自分らしさ」を出すことができていると思っている。
そして今の生き方にとても楽だと感じているのでしばらくはこのような生き方を続けていこうと思っている。